<師走につき振り返るマイガーデン>
*
「花咲か爺さん」
修行中とは言え
今年も色々
咲かせたもんだ
なんて
師走になると
つい
振り返る

























そんな
良いとこ撮りの
『マイガーデン』
*
でした
<師走につき振り返るマイガーデン>
*
「花咲か爺さん」
修行中とは言え
今年も色々
咲かせたもんだ
なんて
師走になると
つい
振り返る

























そんな
良いとこ撮りの
『マイガーデン』
*
でした
<ハンドレールのパテーション>
*
未だ我が家は
「未完成」
6年経っても
つづく
『家づくり』
本日
ハンドレールのガード部分のパーツが届く
下

手直しを終えたこのパーツ
開包

こうなると
とっとこ取り付けてみたくなる
私
早速2Fへ

僅か5、6分程度の作業
で
こんな感じに
収まった
下

そもそも
このパーツ
作品としては不必要
しかしながら
家のワン子
なんと
ここから
『ダイブ』
飛んでしまうという経験
そんなことで
ダイブ防止のパテーション
と
そんなところ
因に
2年前のこの部分
下

よく観ると
空いていて
「美しい」
昨年夏にフローリングと階段の仕上げを終えたものの
この部分が残っていた
*

*
これで完成とは行かず
次へ進める
と
そんな
『ハンドレールのパテーション』
*
でした
<モダニズムデザイン>
*
角張って単純
商業的なものがあふれて来た
「モダン」
しかしながら
こんな単純で解りやすいものが
「モダン」
では無いと思う
随分前になりますが
建築家「ライト」
彼が何を考えなにをしようとしたか
作品をよく観ていると
クールで理解しやすい現代のものとは違い
有機的に環境にとけ込む
(優しい部分が多く見受けられる)
それでいて
かなり
斬新
下
『カウマン邸(落水荘)』


彼に影響を受けた「ケロッグ」もそうだった
『石の協会』
下

*
建築に限らず
残念な事に
いつから
こんなにも単純で冷たいものになってしまったのかと
知る由もない
私
何か共感を持てるものが身近に無いかと
ふと
探してみれば
そこに
「沖縄のヤチムン」

その中に


とても
モダニズムデザインなど縁が無さそうな
「ヤチムン」
そんな中に存在している
と
これ
量産不可
一見
単純な分割構成敵なようにも視え
それでいて
ちがう
よく観察すると
温もりを感じる生み出し方
『有機製法』
*
そこら中に「モダニズムに似たもの」がはびこっておりますが
どうにかならないかと
おもう
『モダニズムデザイン』
*
でした
<シンプル イズ べストと言いますが>
*
PCの普及もあってか
昨今
簡単に形が生まれる
(安易に)
*
25年ほど前に
よく考えた事
最近やっと視えて来たように思える
私
当時
何から考え始めたかと振り返る
楽器
下

いい音を出す為に
必然と生まれた
『形』
チェロに限らず古くからある多くの楽器
そして
次に
少し古い車を考えた
下

スポーティーに走る為に生まれた
『形』
これも
この車に限らず個性があった
これらは全て
五感で感じながら
複雑極まりない多くの事柄を追求し
不要なものを
「そぎ落とし」
生まれ
人の五感を通過し感受性に訴えるものがあったように感じる
『シンプル イズ ベスト』
*
しかしながら
現代のこれらは違う


複雑きわまりない部分に置いては似ているが
五感を通り過ぎてしまう
「数値入力」
そして
人は感受性で計れない『数値』で力量を計る
と
逆に前者は感受性に訴えているので
「数値で計れるようなものではない」
そのように感じる
さて
他もそうかと考えれば
インテリア/家具/建築etc.
ありとあらゆるものが
そうかも知れない
?
そして
言葉や考え
なんにでも共通するような事が
複雑極まりない事を追求し
不要な事柄を
「削ぎ落として行く」
これ
そんな気がします
!
一見シンプルに視えて
「なんにもない」「乗り越えてない」
最初からシンプルな、、、
そんな
ことがらは ひとがら
「苦手」
*
少しでも
有機的な感情を込めた
自分の生み出す
『形』
少しばかり残して行けたら
そう
思う
転機の私
『シンプル イズ ベスト』
*
でした